忘れない今日も刻んでいく。 【GW明け】子どもと確認するべき忘れてはいけない大切なこと!! 3選

今日を忘れない&卒業ソング#125

忘れない今日も刻んでいく

【2002年6月10日配信】[No. しばらくはじ めじめしたお天気が続きそうです。 最近はエアコンや冷蔵庫がどこの家にもありますので、昔ほど カビなどの心配はないようですが、それでもこの時期、保存には 極力気を付けたいものですね。 今年は桜の開花が2週間も早かったので、梅雨入りも5月中に なったりして、なんて思ったこともありましたが、例年並みだっ たようです。 夏の暑さも例年並みだとか。 季節は帳尻合わせに入ったようです。 さて、6月は結婚のシーズン。 大きな期待と喜びあふれる花嫁 さんがいっぱい誕生する月です。 今回は、そんな花嫁の微妙な心 を描いた素直な一首をお届けします。 だから、その言葉を聞いた今日を限 りに命が尽きてしまえばいいのに。 「じ」は打消しの意志の助 動詞です。 【行く末(ゆくすゑ)までは】 「行く末」は「将来」という意味で、全体で「将来いつまでも変 わらないことは」という意味になります。 【難(かた)ければ】 「難しいので」という意味です。 形容詞「難し」の已然形「難け」 に接続助詞「ば」がついて確定条件になります。 【今日(けふ)を限りの】 「今日」は、男が「いつまでも忘れない」と言ってくれたその日 を指します。 「今日を最後に(死ぬ命)」という意味になります。 【命ともがな】 「と」は結果を表す格助詞、「もがな」は願望を示す終助詞で、 「命であればよいなあ」という意味になります。 生年不祥〜996) 従二位式部卿高階成忠(たかしななりただ)の娘で、名前を貴子 (たかこ)と言い、高内侍(こうのないし)とも呼ばれました。 中関白藤原道隆(なかのかんぱくふじわらのみちたか)の妻とな り、儀同三司伊周(これちか)や一条天皇の后・定子(ていし) を生みました。 儀同三司は准大臣のことで、三司(太政大臣・左 大臣・右大臣)と儀が同じという意味です。 中関白とは、道隆の父・兼家(かねいえ)も弟の道兼(みちかね) も関白になったことによる呼び名です。 夫の死後、出家しましたが、伊周が失脚したため、晩年は不遇で した。 「いつまでもあなたのことを忘れないよ」と。 けれど将来のことなど分からない。 きっとあなたはそのうち私へ の愛などなくしてしまい、私の許を訪れることもなくなるでしょう。 そう思うと、幸せな言葉を聞いた今日の今ここで、命が終わって しまえばいいのにと思うのです。 夫であった時の関白・道隆が夫として作者の家に通いはじめた頃 に歌った歌です、という意味で、新婚ほやほやの妻が一番幸せな時 期に読まれたもののようです。 平安時代の貴族の夫婦生活は一夫多妻制で、結婚当初は男性が女 性の家へ通ってくるのが慣習でした。 これを「通い婚」といいます。 2人は新婚ほやほやのアツアツですから、毎日のように夫が通っ てくるこの時期はさぞや幸せな日々だったでしょう。 だから作者は幸せに心から喜び「今、このまま死んでしまいたい」 と歌っているのです。 ほほえましい幸せが匂ってくるような歌です ね。 家に通っている間 は贈り物や生活費などが潤沢に妻の家に贈られるのですが、通わな くなるとそれも途絶え、妻の家はさびれて貧しくなっていきます。 当時の女性は待つことしかできず、男が来なくなり子もなければ 生活もできないかもしれない環境にありました。 儀同三司母はそういう将来のことを、幸せの絶頂で感じたのかも しれません。 将来に一抹の不安を感じながらも、それを知っている からこそ今の愛に命をかける。 百人一首の愛の歌が典雅な中にも激しい情熱を秘めているのは、 そういう当時の生活の姿があったからかもしれません。 後世の歌人たちは、この歌を「くれぐれ優しき歌の体(ほんとう に優しい歌だ)」と評価しました。 愛される幸福の中に、将来へのかすかな不安を感じとる。 それが この歌のストレートなメッセージを深いものにしているようです。 さぞや華やかな幸せに包まれて いたでしょう。 しかし夫の死後、息子の伊周が恋した女性の家に夜 な夜な通う男を不審に思い、兄弟で待ち伏せして矢を射たところ、 それは先の天皇・花山院でした。 花山院は女性の妹のもとに通って いたのです。 この事件は時の権力者・藤原道長によって謀反の嫌疑を掛けられ ます。 この事件で一族は失脚し、彼女の晩年も不遇でした。 栄華を 極めた貴族の没落ですが、ある意味歌の不安は当たったのかもしれ ません。 太宰府はご存じの通り、学問の神様・菅原道真が流された土地で 菅原公を祭った太宰府天満宮で有名です。 電車で行かれる場合は、 西鉄大牟田線の終点・太宰府駅で下車するとそのまま参道になりま す。 太宰府というと、門から本殿に向かうまでの間にある心字池が有 名ですが、6月は心字池と菖蒲池で40種約3万本の花菖蒲が花開き ます。 小雨に打たれる菖蒲を鑑賞するのもおつかもしれませんね。

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今日ゴミの回収日だった!うっかり出し忘れたらどうする?

忘れない今日も刻んでいく

今日は。 日中が一番長い。 朝もクで遅めに目覚めました。 これから秋に向かっていくということですね。 最近工程飛びが気になります。 退院後一時期目立って ではないかと 気になってたんです。 工程飛びとは、ある一連の動きの中で 順番にやっていく時にある順番のところがw すっかり終わった気になって 次やることをそのまま進めてしまうことです。 工場なら不良品連発になります。 先週で言うと、たとえば、封筒で郵送する時 宛先に会社名書き忘れてた。 住所、部署、担当者名書いて終わり。 買い物に行って駐車場に車止めて帰ってくると ロックがかかってなかったり。 ついうっかりってよくあることだと思うけど、 続くと気になる。 今日はフルーツ買って実家に届けました。 父の日だし。 キャッシュレス還元ももう直ぐ終わりだしね。 フルーツっていってもス一玉。 ス好きですからね。 これが一玉ともなると重い。 には 落として割るんじゃないかとお店に行く前から 気になります。 めっちゃ慎重にレジまで運びましたよ。 行ったらやっぱり留守だった。 まぁ動けるほど元気がいいということで。 ちょっと休んで帰りました。 今日の予定終了って鍵閉めて出てきたけど 今日は晴れやか身体も軽い気分でした。 何かが違う。 マスクつけてない。 今日の工程飛びでした。 鍵閉めただろうか工程飛びしてないかと いろいろ気になります。 今週通院があるので相談してみるかな? ta-kun1970.

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今日を忘れない&卒業ソング#125

忘れない今日も刻んでいく

あの日から今日でもう9年。 もう9年・・・。 まだ9年・・・。 新型コロナ感染症によって今年の追悼式も影響を受けてしまった9年の節目・・・。 震災が憎い・・・。 津波が憎い・・・。 原発が憎い・・・。 コロナが憎い・・・。 地震も、津波も、原発も、 誰が悪いわけでもない・・・。 そう・・・。 誰が悪いわけでもない・・・。 震災は自然災害で、防げない・・・。 それは頭では分かってる・・・。 分かってるけど、あの日が憎い・・・。 今でも憎い・・・。 今でもこわい・・・。 今でも悔しい・・・。 消えた命はもう二度とこの世には戻らない・・・。 沢山の人達の心の中で、 あの日のままで止まってしまった時計の時間・・・。 それでも時間は流れ続けて、 時代も変わり続けて、 景色も変わり続けていく・・・。 泣いていても、 笑っていても、 止まっていても、 歩いていても、 『とき』の流れは止まってくれない・・・。 あの日の恐怖、 あの日の不安、 あの日の寒さ、 あの日の暗さ、 あの日の静けさ、 翌日の新聞一面を見た瞬間に受けた凄まじい衝撃・・・。 今まで見たことも無かった、まるで地獄絵図・・・。 灯りが戻った時にテレビ画面から得た、 色を伴った映像という情報からの衝撃・・・。 あの色・・・。 あの音・・・。 東北が壊れていく音・・・。 初めて見た海の、初めての氾濫のカタチ・・・。 全てを飲み込み、流して行った流れ・・・。 あの日の夜、 翌日の朝、 新聞とテレビから受けた情報によって起きた過呼吸・・・。 こわかった・・・。 辛かった・・・。 寒かった・・・。 悲しかった・・・。 悔しかった・・・。 沢山の人達の悲鳴と奇声と泣き声が、 耳と頭の中と胸に聞こえた気がした・・・。 お願い、 もう二度と、 これ以上この東北を壊さないで・・・。 古里を壊さないで・・・。 古里を奪わないで・・・。 命を奪わないで・・・。 遺された私達は、 あの日を忘れずに生きていく・・・。 忘れてはいけない・・・。 風化させてしまってはいけない・・・。 これからの時を、時代を、遺されたものを、場所を、景色を、 生きている限り見つめ続けて生きていく・・・。 忘れない・・・。 きっと忘れない・・・。 『津波てんでんこ』 『生きてさえいれば必ずいつかはどこかで会える』 この言葉を忘れない・・・。 あの日の出来事、 あの日の恐怖、 あの日の悲しみ、 あの日の苦しみ、 あの日の悔しさを、 胸に刻んで生きていく・・・。 生きている限り、あの日を忘れず、 これからも生きていく・・・。 どうか、 あの日この世界から消えてしまった沢山の人達の魂が、 どうか、どうか、 安らかでありますように・・・・・・・・。 令和2年3月11日午後2時46分 黙祷.

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